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   2018年05月21日発売

文化の中の哲学をたずねて
諦めの哲学および関連論考

鈴木 文孝 著

四六判 上製カバー装  272頁
定価:本体2,700円+税
ISBN 978-4-7531-0346-1 C3010
  哲学・倫理学は本質的に学際的性格を帯びた学問である。この学際性を考える場合、西洋近代哲学の自然哲学的起源を看過してはならない。学問の高度化に伴って学問領域の細分化・専門化する今日、哲学の学際性を改めて省察する。 

【著者紹介】
鈴木文孝(すずき ふみたか)
1940年静岡県に生まれる。1963年、東京教育大学文学部卒業。1970年、東京大学大学院人文科学研究科博士課程を学科課程修了にて満期退学。2004年、愛知教育大学教育学部を定年により退職。現在、愛知教育大学名誉教授、
文学博士(筑波大学)。 

著書『カントとともに』『永井荷風の批判的審美主義』(以文社)など多数。


【目次】
はじめに

凡例

  第一編 諦めの哲学
第一章   永井荷風『冷笑』における「諦め」

第一節 「八笑人」の閑談会

第二節 閑談会の企画の発端とメンバー推薦の模様

第三節 諦めを語る笑人たち

一 『冷笑』における享楽主義を巡って

二 日本的心性としての諦め

三 吉野紅雨の芸術観とその根底にある諦観

四 吉野紅雨の倫理観・社会観

五 吉野紅雨の「過渡期」の観念

六 『冷笑』に見られる「戯作者宣言」への方向性
第二章   くりこみ理論と諦めの哲学

第一節 くりこみ理論における放棄の原理

第二節 くりこみ理論の完成期における日本の物理学研究の状況

第三節 くりこみ理論と諦めの思想

第四節 九鬼周造『「いき」の構造』を参考にして

第五節 くりこみ理論が現代の素粒子物理学において有する意義

第六節 朝永振一郎博士における「放棄の原理」というフィロソフィーの
      芽生え

第七節 統一場理論の歴史的伝統と素粒子物理学にとっての意義

―諦めを超越したアインシュタインの探求心を念頭に置いて
第三章   キリスト教の禁欲倫理と近代人、現代人にとっての禁欲の在り方と
    しての諦め

         ―マックス・ヴェーバー『プロテスタンティズムの倫理と
       資本主義の精神』に
即して

第一節 キリスト教の禁欲倫理と「断念」

第二節 キリスト教的禁欲とそれに由来する労働責務観

第三節 禁欲的合理主義

第四節 カルヴァンの予定の教説とそれの倫理観への影響

第五節 「断念」―近代人、現代人にとっての禁欲の在り方

第六節 ピュウリタニズムについて―カント倫理学研究との関わりにおいて
第四章   哲学・倫理学の意義についての省察

 

第二編 科学・科学史の中の哲学をたずねて
第一章   ガリレオによる世界像の変革・世界観の革命

  注

第二章 「パラダイム」をめぐって

第一節 パラダイムの概念

第二節 古典物理学から20世紀物理学へのパラダイムシフト

第三節 パラダイム論とカント解釈

第四節 「無制約者」の理念とカントの学問観

第五節 学術集団とパラダイム

第三章 素粒子の超伝導モデルについての哲学的考察

 序

T 対称性の自発的破れとエネルギー・ギャップの生成

U カイラル対称性の自発的破れと素粒子物理

結び 
 
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